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干支と六十干支 — 60で巡る数え方
十干と十二支。殷の甲骨文にすでにあった、最も長く使われている数え方。
干支(かんし・えと)は、十干と十二支を組み合わせた中国の数え方です。10と12の最小公倍数である60で一巡し、年・月・日・時に割り当てられます。日本では「えと」として親しまれていますが、本来は日を数えるための実務的な道具でした。この記事では、起源・構造・暦への組み込み方を扱います。
十干と十二支
十干は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類です。「干」はもともと幹(木の幹)を指し、十二支の「支」は枝を指すとされます。つまり、幹と枝を組み合わせるという発想が名前に残っています。
| 要素 | 数 | 内容 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 十干 | 10 | 甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸 | 「干」は幹(木の幹) |
| 十二支 | 12 | 子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥 | 「支」は枝。動物(生肖)が対応 |
| 組み合わせ | 60 | 甲子から癸亥まで | 10と12の最小公倍数 |
10と12の組み合わせが60で一巡するのは、互いに2以外の公約数を持たないためです。1周目は甲子・乙丑…と進み、10周目で十干が1つずれ、60番目の癸亥でちょうど十干も十二支も一巡します。
起源:殷の甲骨文にすでにある
干支を誰が作ったかは、伝説では大橈氏(だいぎょうし)が帝の命により五行の情を探り、斗綱の建つところを占って甲子を始めたとされます。しかしこれは伝説であり、実証されていません。
確認できる事実としては、殷墟から出土した甲骨文に、すでに干支を表す文字があることが挙げられます。つまり商(殷)の時代には、干支による日(ときには年)の数え方が使われていました。出土した殷商の亀甲や牛の肩甲骨には、十干十二支を組み合わせた60の名称の表が確認されています。このことから、干支の成立は殷商の時代よりさらに遡ると考えられています。
春秋時代の紀日の干支が、現在の干支と一脈相承であることも、文献から確認されています。数え方が途切れずに続いてきた、数少ない例です。
干支紀年法が定着するまで
干支が「年」を数える方式として広く行われるようになったのは、比較的新しく、後漢の時代とされます。それ以前は、歳星(木星)の位置による紀年などが使われていました。60年を1周期とする太歳紀年法を土台として、後世に通じる干支紀年法が実施されたという経緯です。
つまり、日を数える道具として生まれた干支が、年を数える方式として定着するまでには、長い時間がかかっています。占いの体系として完成する前に、まず暦の実務道具だったという順序を押さえておくと、後代の運勢解釈を相対化して読めます。
十二支と動物(生肖)
十二支に動物を当てはめたものが生肖(十二生肖)です。日本では干支といえばこの動物を指すことが多く、年賀状の図案になっています。
- 子(ね)
- 鼠。23時〜1時。
- 丑(うし)
- 牛。1時〜3時。
- 寅(とら)
- 虎。3時〜5時。
- 卯(う)
- 兎。5時〜7時。
- 辰(たつ)
- 龍。7時〜9時。
- 巳(み)
- 蛇。9時〜11時。
- 午(うま)
- 馬。11時〜13時。
- 未(ひつじ)
- 羊。13時〜15時。
- 申(さる)
- 猿。15時〜17時。
- 酉(とり)
- 鶏。17時〜19時。
- 戌(いぬ)
- 犬。19時〜21時。
- 亥(い)
- 猪。21時〜23時。
十二支が時刻にも割り当てられている点は、見落とされがちです。2時間ごとの区切りは、時計のない時代の実務的な時間管理でした。
十二支の起源をめぐる説
十二支の起源については、諸説あります。十干は十進法の記数法から自然に発生し、その多くは殷人が創制したという見方がある一方、十二支は古代バビロニアに起源を持つという説も示されています。定説は確立していません。
このように、起源については複数の説が併存しています。当サイトは、いずれかを断定せず、確認できる事実(殷の甲骨文での使用、後漢期の紀年法の定着)と、伝承・学説(大橈氏、バビロニア起源説)を分けて示すにとどめます。
この記事の立場 殷墟甲骨文での干支の使用、殷商の甲骨に干支表があること、後漢期の干支紀年法の定着は、外部の資料を出典として示しています。大橈氏による制定は伝説です。十二支のバビロニア起源説は諸説のひとつで、定説ではありません。
よくある質問
干支と十二支はどう違いますか。
十二支は12種類の地支そのものを指し、干支は十干と十二支を組み合わせた60の巡りを指します。日常で「干支」と呼ばれているものの多くは、実は十二支(動物)です。
なぜ60で一巡するのですか。
10と12の最小公倍数が60だからです。互いに2以外の公約数を持たないため、60回でちょうど両方が一巡します。
生まれ年の干支で性格が分かりますか。
当サイトは、干支と性格の関係を検証した研究を確認できていません。干支は暦の数え方として扱い、性格判断の根拠にはしていません。
今年の干支はどう決まりますか。
暦の上の年が変わるときに切り替わります。日本の慣習では正月、中国の暦では立春を基準とするなど、区切りに複数の扱いがあります。
まとめ
干支は、三千数百年のあいだ途切れずに使われてきた数え方です。占いの道具として見る前に、日と年を数えるための実務的な発明だったという面を押さえると、その後の運勢解釈がどの部分に付け足されたものかが見えてきます。
この記事の立場 研究結果や暦の定義は出典を明記しています。効果の断定や、医療・健康・金銭・法律の判断を置き換えることはしません。
出典
- Wikipedia「干支」(60周期の一覧、日本での用法、十二支との区別)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B2%E6%94%AF(2026-09-28 取得) - 人民日報「天干地支的起源」(殷墟出土の甲骨文に干支の象形文字があること)
https://paper.people.com.cn/rmzk/html/2020-12/31/content_2027428.htm(2026-09-28 取得) - 成功大学 天干地支表(殷商の亀甲・牛胛骨に干支表が確認できること)
http://sprite.phys.ncku.edu.tw/astrolab/New_page/e_book/history_c/captions/sky_earth_table.html(2026-09-28 取得) - 北京語言大学「天干地支的发明者」(十干と十二支の起源をめぐる諸説)
https://news.blcu.edu.cn/info/1024/10190.htm(2026-09-28 取得) - 干支紀年法の歴史源流と文化的意味(後漢期の干支紀年法の実施)
https://www.rmlt.com.cn/2025/1217/744385.shtml(2026-09-28 取得)
注記 十二支と時刻の対応表の一部、および起源をめぐる諸説の整理は当サイトが行ったものです。大橈氏による制定は伝説で、十二支のバビロニア起源説は定説ではありません。干支と性格・運勢の関係を検証した研究は確認できていません。
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